まちかど展示館 エリア特集

【連載 第八回】中央区 食の痕跡、絵画の道楽

日本橋、寒い冬とねぎま鍋

すしに蕎麦、鰻に天麩羅、酒に珈琲、すき焼きにカレー、飴にあんみつ…中央区には江戸から今に至る食の痕跡がたくさん散らばっています。浮世絵や日本画、洋画などアートの世界にヒントを得ながら、食の痕跡を追いかけ、絵画の道楽も満喫してみませんか。

①名所江戸百景 日本橋雪晴 歌川広重 安政3年 1856年

雪景色を愛でる江戸の風情

 前の晩、ひとしきり雪が降ったのでしょう。日本橋はあたり一面の雪景色です。雄大な日本橋川には、画面の手前に描かれる魚河岸に魚介を運び入れる船が何艘も行き交っています。そして長さ50mを超える長大な太鼓橋、日本橋の上には往来するたくさんの人々の姿が描かれ、左端には大名行列の一行も見えます。「日本橋雪晴」は、歌川広重の晩年の代表作「名所江戸百景」の1枚。このシリーズは弟子による作品も含めた120点に及ぶ大作で、「日本橋雪晴」はその1点目にあたり、旧暦の正月、雪降る夜が明けた晴れやかな朝の風景を描き出したものです。  

②新撰江戸名所 日本橋雪晴ノ図 歌川広重 (江戸後期)

天保2年(1831)、広重は「東都名所」シリーズを出し注目を集め、風景版画の名手として活躍し、この「新撰江戸名所」など傑作を数多く残した。本作は雪に覆われた日本橋の風情と江戸の人々の息吹を今に伝えてくれる。

→②雪で足元の悪い中、魚河岸で仕入れた魚を天秤棒の両端に吊り下げて歩く棒手振り(行商人)の男たち。天秤棒は魚の重さで撓んでいる。

魚河岸をはじめ大店が軒をつらねた日本橋は一日千両が動く江戸の経済的な中心地でもあり、その繁栄と共に遠く聳(そび)える富士山を背景に浮世絵にも頻繁に描かれました。同じく広重による「新撰江戸名所 日本橋雪晴ノ図」は日本橋を北側よりクローズアップで捉えたもので、近景から遠く富士山まで真っ白な雪景です。蔵や船が雪に覆われ、橋の欄干や擬宝珠(ぎぼし)の上に積もった雪までもが丁寧に描かれており、足元が悪い中、大勢の人が行き来している様子が伝わってきます。平然と歩く人もいれば、雪で滑らないように身をうねらせる馬の姿もあります。すぐそこが魚河岸なので盥(たらい)に魚を入れて運んでいる人もおり、天秤棒(てんびんぼう)の左右に大きな魚をそのまま括りつけて歩く男もいます。この巨大な魚、大きさやその姿からしてマグロではないでしょうか。
 マグロは江戸時代、庶民の間で親しまれるようになった魚で、値段も安価でした。安政年間(1854―1860)に赤身の部分を醤油漬けにする「づけ」が人気を呼ぶようになり、握り寿司のネタにも登場するようになります。今、「トロ」として重宝される脂身部分は当時あまり好まれず、その脂っぽさや独特の香りをごまかすためにネギと一緒に煮る「ねぎま鍋」として食べられることが多かったようです。
 江戸の名所と美人を組み合わせたシリーズの1枚、「江戸名所百人美女 日本はし」には蛸(たこ)と猪口(ちょこ)を手にした女性の姿が描かれています。彼女の前の長火鉢の上には蓋をしてチリレンゲを乗せた鍋。寒い時分これから温かな鍋をつまみながらお酒を飲もうということでしょう。こんな時にねぎま鍋はぴったりだったに違いありません。雪がたびたび降ったという江戸の冬。日本橋あたりでは食やお酒の力を借りながら、寒さなんてものともせず、江戸の人々は美しい雪景色を心ゆくまで楽しんだことでしょう。

③江戸名所百人美女 日本はし 歌川国貞 安政4年 1857年

美人と江戸の名所を組み合わせたシリーズ。国貞が美人を、その門人の一人だった歌川国久がコマ絵として名所の様子を描く。魚河岸のある日本橋らしさとして蛸のつまみが描かれている。

画像提供:画像提供: ①②国立国会図書館 ③東京都立中央図書館

林 綾野 キュレーター、アートライター

美術館での展覧会企画、美術書の執筆などを手掛ける。芸術家にまつわる「食」のレシピ制作、好物料理の再現などを通じてアートを多角的に紹介。著作に『画家の食卓』『フェルメールの食卓』(講談社)『浮世絵に見る江戸の食卓』(美術出版社)などがある。
企画した展覧会「谷川俊太郎 絵本★百貨展」が新潟県立万代島美術館にて(1月18日ー4月6日)、「堀内誠一展」が東京・立川PLAY!MUSEUMにて(1月22日ー4月6日)開催予定。

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